ITブラック企業と戦う方法


キレイなオフィス。和気藹々とした社内風景。もちろん高給高待遇。週休2日は当たり前。盆も正月もGWもシルバーウィークもお休みだ。しかも有給は好きな時に取り放題。

そんな求人広告に釣られて「入社したら全く違った。これが噂のブラック企業か・・・。」なんてことになってしまった場合、どう戦えば良いのかを考えてみましょう。



ITブラック企業とはどういう企業なのか



よく「ブラック企業」なんて言いますが、実際のところブラック企業とはなんなのでしょうか?

簡単に言ってしまえば「法令遵守しない企業」と言っていいでしょう。よく仕事の忙しさからIT業界自体がブラックだと言う人もいいますが、そうは思いません。法令遵守している限りはブラックとは言えないでしょう。ですので、以下の企業はブラックじゃない可能性もあります。
  • 給料が安い
    法律に定めている最低賃金を下回る事が無いのであればただ単に給料の安い会社ということです。ブラックじゃありません。求人情報を見てから就職するのですから事前に判っていたはずです。入社した人が悪いとしか言えません。但し、求人情報に出ていた内容と違う給料の場合は法令に違反している可能性があります。

  • 残業・休日出勤が多い
    法律に定めている範囲内で残業が多いのであればブラックとは言えないでしょう。ただ単に仕事が忙しいか、工数見積の甘いPLが担当しているプロジェクトなんだと思います。ですので、デスマを連発する会社は能力がないだけでブラックとは言えません。但し、それとは別に残業代が支払われないのは典型的なブラックです。

では法令遵守しないというのはどういう事なのか。いくつか例を挙げてみます。

  • 36協定が結ばれていない
    従業員に休日出勤や残業をして貰う場合、企業は従業員の労使代表と36協定を締結しなければなりません。ですので36協定を結んでいない企業で残業が行われている場合は法令違反です。 労働基準法第36条で規定されている事から一般的に「36協定(サブロクきょうてい)」と言われています。

  • 裁量労働制を導入しているのに労使協定が結ばれていない
    残業の多いIT業界で広く採用されている「裁量労働制」のように、「みなし残業時間」を含めた月間の労働時間制のことを「みなし労働時間制」と言います。この「みなし労働時間制」を導入するには労使協定が必須になります(労働基準法第38条の3)。

  • 賃金が支払われない
    よくあるのが「裁量労働制だから残業代は最初から賃金に含まれている。だから残業代は払わない」というパターンです。ブラック企業の常套手段とも言える典型的な言い回しですが、例え裁量労働制であっても、労使協定で結ばれた労働時間を超えた残業代に関しては支払う必要があります。残業代の未払いや給与の遅配、その他支払われるべき給与が支払われないパターンは基本的に法令違反です。賃金支払の原則(労働基準法24条)というのがあり、賃金は毎月一定期日に全額支払いが原則となっています。

この3つの法令違反はブラック企業の典型的な例です。概ねブラック企業はこの3つの法令に反している場合が非常に多いです。

ブラック企業と戦う方法


普通に就業して普通に給料を貰っているのであれば何も問題はありませんが、少しでも違和感を感じる点があったら戦うための準備をしておいた方がいいでしょう。
  1. 自分の勤務表と給与明細を必ず保管しておく
    タイムカードや勤務表等のあなたが働いた時間の証拠となるものと支払われた給与明細は必ず保管しておきましょう。後に支払いの請求をする時の根拠になります。未払いの賃金は過去2年間は請求できますので、少なくとも2年分は保管しておきましょう。また職場によってはサービス残業前提でタイムカード自体が存在しない最悪な場合もあります。そういう場合も自分自身で出退勤の時刻を記録しておいてください。自身が業務で使用しているパソコンの起動と停止のログを保存しておくのもいいと思います。
  2. 労使代表が誰なのかを把握しておく
    よくブラック企業でありがちなのが、36協定は結んでいるけども労使の代表ではないというパターンです。実際は事務職の社員の名前で36協定は結ばれているが、労働者側は労使代表としてその社員を指名した事実は無いというパターンですね。労使代表は半数以上の従業員の指名を受けて任命されるものです。会社側の都合で決めていいものではありません(労働基準法施行規則第6条の2)。もし中途入社で誰が労使代表なのかが判らない場合は他の社員に聞いて確認しておきましょう。もし会社側が指名した人間で労使協定が結ばれていた場合はその協定は無効になります。
  3. 就業規則、給与規定、労使協定等に必ず目を通す
    労働基準法第106条にてこれらの規定は従業員に周知されている必要があります。会社側は労働者から見せてくれと言われたら見せなくてはなりません。ブラック企業の多くは36協定以外の労使協定は結んでいない事が多いです(ブラックなので変な協定は社員が納得しませんよね)。ですので、少しでも怪しいと思ったら見せてもらいましょう。但し、会社側の人間に開示を要求しては駄目です。この手の事を言う社員は会社側に警戒されます。戦うのであれば、戦う意志を会社側に気付かせない事が大事です。
  4. 徐々に戦う
    法令違反しているからと言って、いきなり法律を盾にとって会社を追い詰めようとしても駄目です。ブラック企業は自身がやっている事が法令違反だということを認識した上でブラックな事をやっているのです。法律を盾に話し合いしようとしても開き直るだけで話は進展しないでしょう。ですので、まずは会社側に疑問点を聞いてみましょう。この時、出来る限り丁重にメールでやりましょう。メールでやるのは証拠として残すためです。もし直接口頭で返答してくるようであれば録音する準備をしておいてください。こうやって疑問点に対して質問をしてその回答を証拠として残してください。この段階では戦わないでください。あくまでも疑問点を確認するだけにしておいてください。

他の社員を巻き込んで戦う場合


証拠が揃ったところで、本格的に戦う準備をします。もし他の従業員で賛同してくれる人がいるのであれば味方に巻き込んでもいいかもしれません。ただ初期に巻き込む人の人選には注意してください。今まで慎重にやってきた事も仲間の行動如何で台無しになることもあります。

まず最初に、労使代表が労働者の代表として選ばれているのかを確認してください。選任した覚えが無いのであれば、なぜその人が労使代表なのかをその労使代表を名乗る人に問い詰めてください。この問題に会社側は介入できません。労使代表は従業員の代表だからです。会社が介入してきた場合、もしくはその労使代表が自ら選任されていない事を認めたら、基本的に会社側と結ばれている労使協定は無効だったと胸を張って言えるようになります。

もしその労使代表が正当に選任されているとしたら(社員会とか従業員会みたいな組織があればその代表が労使代表の可能性が高いです)、その代表に証拠を渡して会社との交渉をさせてください。嫌だと言ったら過半数の従業員に声を掛けて違う従業員の組織を作り、その代表としてあなたが会社と交渉してください。面倒かもしれませんが、自分自身の生活を守るためには戦うときは戦うべきです。

労使代表が誰かをはっきりさせたところで会社と戦う準備はできました。賛同してくれる人全員で証拠を揃え、会社に法令違反の是正を求めましょう。

残業代未払いであれば過去2年間の勤務表を元に被害額を算出して請求してください。もし応じない場合は労働基準監督署に労働基準法違反として申告する旨を会社に伝えて下さい。

それでも支払われなければ、実際の労働実態(タイムカードや勤務表等)と実際に支払われた給与がわかるもの(給与明細)等を揃えて所轄の労働基準監督署へ申告してください。多数の従業員分を揃えて、労使代表として会社と交渉したが応じて貰えない旨も労働基準監督署に伝えてください。これで労基署から賃金支払の勧告が会社側にくだされるはずです。

独りで戦う場合


味方になってくれる社員が少ない場合もあります。こういう場合は個人で戦うしかありません。もし個人で戦うのが不安なのであれば各地にある労働者のユニオンに法令違反の証拠と会社とのやり取りを持って相談してみてください。組合費を支払う必要が出てきますが、適切なアドバイスをくれたり、ユニオンが会社側と交渉してくれるかもしれません。が、ここではあくまでも個人で戦う方法を書きます。

証拠が揃ったところで1人で戦うのですが、証拠がある時点で法令違反だということははっきりしているはずなので、強気で交渉しましょう。ただ会社の経営陣と独りで戦うのはかなり不利ですので、最初に交渉の証拠を残すために全てのやり取りをメールで行うという事を会社側に通告してください。口頭だとうまく言いくるめられる可能性があるので不可です。

その際、会社へ交渉のメールを送付する時は、自身のプライベートのメールアドレスに証拠のバックアップとしてBCCで同じメールを送っておいてください。会社のメールアドレスでやり取りする場合、会社のメールサーバにそのメールが保管される事になりますので、最悪サーバからメールを消される可能性があるという事まで考慮しておくべきです。
そして、感情的にならずに淡々と収集した法令違反の証拠と法律を盾にして理詰めで会社に自身が法令違反をしている事を認めさせてください。

もし途中で会社側が社労士や弁護士を出すと言ったら喜んで巻き込んでください。社労士や弁護士は危ない橋は絶対に渡りませんので、普通は関わってきません。関わってきたら極論的な2択の質問で合法か違法かと問い詰めてください。変な返答をするようであればメールでのやり取りを証拠に社労士会や弁護士会に申告しましょう。

その交渉と同時進行で、勤務表やタイムカードから未払い賃金額を算出して、内容証明郵便で会社に請求してください。これは支払ってもらうのが目的ではなく(支払ってくれるのが一番いいですが)、後に裁判になった時に請求したということを証明する為と心理的なプレッシャーを与える為の行動です。内容証明郵便を受け取る側はかなりのプレッシャーを感じますので、これで負けを認めて支払うパターンもあるみたいです。

会社側が法令違反を認めるにしろ認めないにしろ、法令違反しているのは事実なのですから、経営者は心理的に負い目を持っています。どんどんプレッシャーを掛けてください。

具体的には労基署に証拠揃えて持っていって是正勧告が出た場合、派遣免許が取り消しになるだとか、全従業員分の未払賃金を過去2年分払わなければならなくなるだとか、裁判で未払賃金を請求すると、付加金がついて最悪の場合未払い分の倍額支払う必要が出るだとか、小出しに淡々と支払わなければどうなるかというのを伝えてみます。強気で攻めつつ、「私」の未払賃金だけでも払っておいたほうが会社にとって得になるんじゃないかと思わせるようにしてください。ここで重要なのは「私」だけということです。独りで戦うのであれば、他の社員の事なんて考えなくていいです。

ここまでやっても会社が支払わないのであれば、収集した証拠と交渉したメールを印刷して労基署に申告してください。それと同時に裁判を起こしてください。面倒くさく感じるかもしれませんが、図太い会社にはこれしか方法がありません。

実は経験談です


なかなかに具体的な事を書いていると思いませんか?実は私も残業代未払い(120万)で個人で会社と交渉して支払わせた経験があります。と言っても他の社員の手前、残業代としては断固として払いませんでした。未払い分と同額を退職金として(実際は解雇予告手当として)支払うという形で落ち着きました。まぁ退職金として支払われたほうが税制上優遇されるのでこちらとしては勝利だと思ってます。離職票も会社都合という形で出させましたしね。

会社側は未払賃金を支払ってくれたので、退職したということもあり労働基準監督署には駆け込まなかったのですが、その後その会社は私が逐一指摘した法令違反した部分を正した様です。そして正した後、うなぎのぼりだった会社の業績はピタッと止まりました。IT企業が儲かるといっても、ちゃんとした会社組織になると爆発的に伸びることは無くなるのかもなぁ、なんて思いました。